2010年09月23日

ゲスト教授・Mike Harris / キャニオニング、アドベンチャーにかける想い

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今回のゲスト教授は、群馬県水上(みなかみ)町で、日本に今人気のキャニオニングブームを作った人物であり、アウトドアスポーツ、アドベンチャーをビジネスとして成功いている会社(株)キャニオンズの代表:Mike Harris(マイク ハリス)さんです。彼のアウトドアスポーツ、アドベンチャーにかける熱き想いを聞く事ができました。

※僕が訪ねた8月後半はハイシーズンで予約いっぱいの為、キャニオニング体験できませんでしたが、10月前半にまた計画中です。

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東京から電車に揺られ、約3時間半、群馬県水上(みなかみ)町にやってきた。

ここ水上は昔、温泉街として栄えた街ところ、バブルの頃は団体客で大賑わいのこの街だったが、バブル後は客足が減ったのだ。しかし、そこで水上の自然を愛し、理解してきたマイクをはじめとするアドベンチャーたちの手によって、この水上は今では全国からたくさんの客をよべる一台テーマパークとして復活したのである。

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水上駅をでて、タクシーに乗り込むと、

『お客さん、今日は何すんの?キャニオニング?ラフティング?』

と運転手さん。

若者が水上に=アウトドアスポーツする、ということだろう。

車を走らせ5分後、マイクさんの経営するキャニオンズに到着すると平日にもかかわらず、大勢の若者や家族で溢れていた。

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マイクさんが元々日本に来たきっかけはなんだったのでしょうか?

私の出身はニュージーランドなんですが、高校生の時から日本に興味を持っていて、もちろん日本語を勉強していたのですが、いつか日本に行きたかったんです。それで、ちょうどそのチャンスが大学の時にきたんですよ。92年の事でした。大学の交換留学生で静岡県の藤枝という街に、最初はやってきました。同じニュージーランドの仲間たちと勉強しながら、ガソリンスタンドに働いてましたよ。夏休みの3ヶ月を使ってね。

そして94年に卒業して、またすぐに日本に来ました。その時は白馬のスキー場で働いていました。

スキーは子どもの頃からやっていて、日本のスキー場はとても良いと聞いていたし、大学で覚える日本語以外に、もっと自由で自然な日本語をしゃべりたいと思い、山に行けば外国人はあまりいないんじゃないかってね(笑)そしたら日本語上手くなるだろうと思ったんですね。

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水上へはどうやって?

95年のシーズンにあるニュージーランド人に出会ったんです。彼とは白馬のスキー場で偶然出会って、水上のことを教えてくれたんです。ちょうど彼の友達がここ水上でラフティング会社をはじめたから、水上行けば面白いよと、で95年の春にはじめて水上に来ました。

そして、そこの会社で働き始めたんです。電車から降りたら、山に囲まれて、川が流れていて、ここでラフティングを体験したら、すごい!と、ここは世界的レベルだなと思ったんです。それから、3シーズンくらいですかね、彼の会社で働いて、日本のオフシーズンとかは、世界各地でラフティングのガイドとかやっていたんです。98年からは別の会社に移って、マネージメントをやりながら、そこでキャニオニングというスポーツをはじめたんですね。

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キャニオニングってもともとはどこが発祥なんですか?

キャニオニングは元々はヨーロッパが発祥ですね。今から40年前にスペインとフランスのペルニーズという山で生まれたスポーツなんですけど、私がはじめてキャニオニングに出会ったのは、ガイドでネパールにいっていた時でした。

ヨーロッパのキャニオニングのガイドに出会って、そこでキャニオニングの技術など、ガイドのトレーニングを受けたんです。キャニオニングはすごく面白いなと思って、水上は利根川が凄くいい川なんですが、春先はボリュームがあって川が流れているんですけど、夏になるとダムの放流がとまってしまって、川のグレードが落ちるんです。

で、夏、ここ水上でもスリリングなアドベンチャーを作りたいなと思って、ネパールで出会ったキャニオニングがばっちりだなと思ったんです。水上は小さい川もいっぱいあるし、滝もあるし、これなら夏でもできるなと確信したんですよ。

2000年から、キャニオニングを本格的にやろうと思って、現在の会社キャニオンズを自営業としてはじめたんです。キャニオニングが伸びたのが、その2年後くらいでした。

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水上には若い人もそんなにいないのでは?地元の人たちの中にとけ込むには苦労もあったのではないですか?

はじめて来たのは、95年だから、まあバブルがはじけて5年くらいだったのかな。それ以降は山に遊びに来る人の人数も大幅に減ったんですね。温泉客も団体客が下がってきているっていう、そんなタイミングだったんです。若い人には温泉旅行はあまり人気ないから、どちらかといえば、お年寄りのマーケットが多かったんですよ。

僕は地元の人からは最初、変な目でみられていたと思いますよ。なんだ、この不良で長髪の変な外人が変なことをやり始めたってね。危ないな〜とかね、そういうリアクションだったんです。何でも新しいものはそういう反応があると思うんだけど、だけど、年々とここで暮らしていくと皆さんと友達になってね、地域の祭りにも参加したりして、距離が近づいたっていうことはありますね。そして、アウトドアブームってこともあって、20、30代のお客さんも増えていったんです。

夏一番多いときは、1日4000人以上はここ水上にアウトドアをしに来るんですね。ハイキング、ラフティング、キャニオニング、カヌー、パラグライダー、バンジージャンプ、マウンテンバイク、水上はほんといろいろ楽しめるんですよ。最近では家族づれも増えてきてますね。また元気な街に戻ってきているんじゃないかなと思います。

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素朴な質問なのですが、山、川って誰かのものだったりするんじゃないですか?

それはね、結構大きいポイントになってるんですけどね、個人の所有のところもありますが、水上は国立公園とか、国有林が多いんですね。日本は残念ながら、アウトドアに関するルールがあまりないんですよ。良いも悪いも、オペレーターからすると、こういうビジネスをはじめるのは凄く簡単。川は誰でも利用していいっていう事になっているんですよ。

はじめやすいっていうのは良い事かもしれないですが、誰にでもできちゃうっていうのが良くないんですね。安全性の問題とか、クオリティーの問題とか、自然保護の問題とかにつながっていくからです。持続可能なツーリズム、この先50年とか100年後でも今と変わらずいい状況が保っていられるとか、それ以上に良くなっているとかそう考えないといけないのですが、日本は今すごく悪循環になって、オーバーユース(使いすぎ)の状況になってきてます。

良い資源がいっぱいあるけど、使いすぎてしまうと、ちゃんと管理しないとなくなるし、今はそういう状況に近づいてきているんです。今まさに、時代が動かないといけない時期に入ってきたんじゃないかと思います。

アウトドアはとてもリスクもともなう。人の命を預かって、ツアーをやるんだったら、自分たちでただ遊んでいるのとは全然違うと思うんです。日本でそういう法律はできてない、だから早めに何かしないといけないですね。

92年頃は日本には、ラフティングなどを経営する会社なんて日本で3、4社くらいしかなかったのに、今は150社以上、水上だけで10社あるんですね。大げさな事をいうと瀬尾さんも明日、ここ水上で起業しようと思えばできますよ。

会社同士で縄張りとかないんですか?

ここ水上では、組合をつくって、最低限の安全基準を守ってやっていきましょという事になってるんです。だからといって、法律ではないので守らなかったからどうこうなるって話ではないんです。だから、そこの整備をなるべく早くやっていかなければいけないと思っています。

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マイクさんがこのキャニオンズを経営するうえで、心がけていることはなんでしょうか?

やはり、家族連れだとか、20代、30代の個人客、求めているマーケットがそれぞれ違うと思うんですが、そのマーケットにあったものを提供するのが一番ですよね。例えば、こどもは凄く喜ぶけど、大人は、「なんなんだこれは、簡単すぎるよっ」てなっちゃうでしょ。だからまず内容作りだとか、この内容なら、この人たちに満足するねって、こっちの人たちだったらこっちが満足するねと、1つ大きなシステムづくりが大事ですよね。

例えば、うちの場合、半日コースは4つあるんですが、普通のコース以外にも、じゃあこれはファミリー専用コース、ちょっとスリリングなコース、とかね、お客さんのニーズにマッチする事は重要ですね。あと、微妙な調整はガイドの腕ですね。怖いけど、水上に挑戦しにきた人も多いわけです。でガイドの腕でその人が挑戦して、その怖さを乗り越えて、達成感にみちるという事をあじわってもらう、そういうところが本当、ガイドの腕にかかっています。

なので、ガイドはかなりレベルの高い良いガイドを使わないといけないです。ガイド経験がまず必要ですし、トレーニングをしっかりしてい事、顧客の満足度を上げられるエンターテーメント性などがしっかりある事。必要な要素です。

結構みんなツアーをしに来ているっていうよりは、自分の心を、自分自信を試したいっていう人が多いですよ。アドベンチャーっていうのはそうですよね、一歩先を挑戦するっていうね。リフレッシュしにくる、非日常を体験しにくる、特に都会に住んでいる人は毎日の決まった都会のパターンだから、本当にスカッとする開放感を味わいたいんですね。大自然の中に入って、奇麗な水に入って、自分がまだやったことのないチャレンジをしたい。

人によっては、飛び込むのに、1Mで怖い人もいれば、10Mを飛び込むのは大丈夫な人もいるしね。上手いガイドは、人の顔をみれば、この人は強がってみえるけど、本当は怖がっているから、もう少しやさしくして、大丈夫なように誘導したりね、上手く誘導できる人ですよね。

挑戦心を大事にね、ほんとこれに挑戦できたら、その人は成長する。達成感ですね。自分が今日はすごい事できたっていうね、自分的にはすごく成長したなっていう感じすれば、いいなと思っているんです。毎日のツアーはそういう想いでやっています。

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こういうアウトドアスポーツ、アドベンチャー事業を経営、運営していくのって何が大事な要素なんでしょうか?

そうですね、Sustainability(持続可能性)が大事だと思います。それは4本の柱からできているんです。

1つは、クオリティー。低コストでってことは良くないですよね。レベルの高いガイドを使って、良いものを提供する。

2つめは、地域にメリットをもたらす。お互いに全部つながっているから、それを考えながらね。例えば、水上の場合は温泉もあるし、宿泊パックなんかくんだり、ここでこうすれば、ここが安くなりますよとか、いろんなメリットを組み込んでね。地元を高揚しようとかね、そういう気持ちですよね。

3つめは、自然保護。今、こんな楽しいことができるのは、この自然があるから。そのままの状態でキープしないと。

最後4つ目は、収益をもたらさないといけない。収益がないと新たな投資とか、もっとこうしようとか、もっと良くしようとかできないからね。水上はとても東京からアクセスがいいんですよね。人口が多いところから、水上にきてくれる。凄くいい環境なんですね。地方でもとてもいい資源を持っているんだけど、中心地から行き着くのに半日かかるとか、そういうところだったらビジネスとしては上手くいかないよね。

はい、これら4つがないと上手く持続できないと思います。

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マイクさんの今後の夢や目標を教えてください。

そうですね。キャニオンズ(会社)としては、日本のアウトドアスポーツ/アドベンチャーのリーダーになりたいですね。基準もしっかり、継続可能な体験をできるように、日本全国で展開していきたいです。

多くの人にリフレッシュできるものを広めていき、みんなに開放感をあたえたいですね。そしたらみんなやる気になるし、体験後、現実社会に戻った時に、周りの人たちが、「あっリフレッシュしてるな」っていうね、そういう体験をした人は周りにも気持ちが伝わると思うんですよね。

だから日本社会をリフレッシュできればいいかなと思いますね。水を、自然を大事にしましょうと、50年後、100年後も同じ場所で同じように、次の世代が遊べるようにしていきましょうとね。まだまだ挑戦していきますよ。

キャニオンズHP:http://www.canyons.jp/
※先月8月ガイヤの夜明け出演。
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2010年09月12日

ゲスト教授・高橋純/洋服は “誂(あつら)える” もの

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創業1903年、銀座で一番古い注文洋服店。

今回のゲスト教授は、洋服づくりのプロフェッショナル、銀座 高橋洋服店のご主人、高橋 純さんです。

高橋さんは、いつもカッコいい。僕はお店に何度か足を運んだがいつも、高橋さんの服装をみるのが楽しみだ。こんなビシッとカッコいい姿になりたいと本当に思う。

銀座の街を歩くならこうでなくちゃってね。そう思わされる。洋服にこだわる高橋さんは、自身の考え方や生き方、銀座で商いをする意味へのこだわりにも模範的な人だ。

ところで、洋服(スーツ)って作った事ありますか? 僕はない。というか、恥ずかしながら、洋服って作れるんだと、高橋さんに出会ってからはじめて知った。スーツはどこかの店で買うものだと思っていたんだから。

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早速ですが、高橋さんは、若者の洋服についてどういう風にみられているのですか?

基本的に男の洋服(ジャケット、トラウザーズ、シャツ、ネクタイをつけるような)ってね、デザインとか極端にいえば、ファッション(流行)っていうのはないものだと思っているのね。

洋服に対して、こういう言い方をするのは良いかどうか分からないのだけど、僕がよくいうのは、「正しい洋服」と「正しくない洋服」、よくいわれる、イタリアンだとか、ブリティッシュっていうのはなく、イタリアンだって正しくない洋服もあるし、ブリティッシュだって同じ、最終的には、イタリアンもブリティッシュもいくつくところは同じで、『正しい洋服=良い洋服』と『正しくない洋服』しかないと思うのね。男が仕事で着る洋服っていうのは1種類であって、モード系(デザイン性の強い洋服)を着てはいけないっていうのが僕の考えなんです。

服飾の専門学校で、メンズ科っていうのがあるんだけど、ほとんどみんなモード系の洋服しか教えてないんですよ。結局我々が着ているようなちゃんとした背広、スーツっていうのを縫える職人さんがいなくなってきているんですね。まあ、そんなこともあって、8年前に小さな教室をはじめたんだけどね。

はたして、一般的に若い人が着ている洋服が正しいか、正しくないかっていわれると、いろんなところで勘違いがあって、あまり正しい洋服を着ている人がいないと思うんだね。オシャレをするって事と、正しい洋服を正しく着るっていうのは、別問題のような気がしますよ。

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”正しい洋服”ってどういう意味ですか?

洋服ってね、あまりいじってはいけないものだと思っているんです。流行は本来なら、ない。デザイン性の入ってくる余地もないんです。デザインっていうのは、例えば、女性の洋服の袖の格好が、Aというワンピースと、Bというワンピースと全く違う。スカートの格好が全く違う。右袖が半袖、左が長袖で1枚の洋服だって通用するわけじゃない、それがデザインという名のもとにあれば。

男の洋服っていうのは、150年前からあの格好をしているわけ、これを基本的にはいじってはいけないんですね、それを今の若いコが着ているスーツは特にちょっといじりすぎているような気が、僕はするんだな。それは、ボタンの位置が高くなったり低くなったり、襟幅が広くなったり、狭くなったり、肩幅が広くなったり狭くなったり、ズボンが細くなったり、太くなったりね、多少トレンドによって変わってくることはあるけど、それはまた "デザイン"っていうのとまた違うような気がする。

ズボンの丈が長くなったり、短くなったりは本来はすべきではないんです。ところが、物凄く短いパンツを履いてみたり、とても長いズボンをはいてみたり、パンツの丈には正しい丈っていうのがあるはずなんですよ。だからそういう意味で若い人たちが着ている洋服っていうのはいじりすぎちゃっているのかなっ、ていう気が僕はずっとしているんです。正しい洋服っていうのは、そんなにある日突然、長くなったり、短くなったりしないものだと思っているし、すべきではないと思ってます。

やはりビジネスとして、様々な企業がそれなりにいろいろ仕掛けていかないとビジネスとしてなりたっていかないわけだから、そういう意味では最近では、ファッションという名のもとにいじる傾向にもあるのかもしれないけどね。しかしそれが果たして我々のやっている洋服づくりで必要かどうかは分からないですね。

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高橋さんは、職人としての顔と経営者としての顔、2つの顔があると思うのですが、それぞれモットーのようなものありますか?

経営者として、職人として2足の草鞋を履いている者として、根本的には同じだと思います。いかにお客様に良い洋服が提供できるかにつきますね。よく「経営者と職人の両立は難しいんではないですか?」って言う人もいますが、同じだと思いますよ。大企業でもないしね、ちゃんとした仕事をしてお客様に喜んで頂いたら、また次の注文につながるわけなのでね、お客様にとって良いものを提供するという事だけです。

良く、うちのスタッフには言ってますが、注文洋服屋なんだから、お客様のこういう洋服を作って欲しいとおっしゃるような洋服を作って差し上げなさいって。ただ、その中で自分のところの洋服、高橋洋服店の洋服という、アイデンティティだけは失わないようにしなさいよって、どこかでうちの洋服なんだよってわかる洋服にしなさいよって言ってます。だから、あんまり我々の洋服作りの基本とかけ離れている注文がきてしまったらお断りしてもいいよって伝えてあります。

あとはね、僕はよく思うんですけど、銀座の商人として、銀座の他のお店にご迷惑がかからないような商売をしたいと。これは僕の基本的なスタンスなのね。銀座っていう街で一軒変な事をすると、銀座のあそこのお店は駄目だと誰も言わないで、「銀座も駄目になったな〜、あんな店もあるぜ」って言われて、銀座全体が駄目になっちゃうのね。

銀座って他の繁華街よりも地域社会がしっかりしていると思っているのね、僕はたまたま銀座の商店街のお手伝いを少ししている人間として、いつもみんな(お店やビルのオーナー)にお願いしているのは、とにかく商店街の集まりに参加してください、と、とにかく顔が見える商売をしましょうと。

顔が見えないと、どうせ俺が何やっても誰も知らねえから、何やってもいいやって気になってしまう。ただ、顔が分かっていれば、なかなかおかしなことできないじゃない。面が割れちゃってるから、悪い事できないんだよって気になるだけでも違うと思うんだよね。そうであれば街って良くなると思うんだよね。違法看板も出せなくなるしね。顔がみえるような商いをすれば、それだけで、街の安全というか、風紀って守っていけると思います。

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洋服づくりの一番の楽しみや面白さ、この仕事をやってて嬉しかったことなど教えていただけないでしょうか。

職人冥利につきるのは、お客様に「高橋さんが良いっていうんだったらそれがいいよ」って言っていただけるのは、「おっ、やったあ」って気持ちになりますね。

あとね、昔、地下鉄に乗ってて、本を読んでいたんですが、パッと前みたら「あっ!うちの洋服だ」って。紺の無地の洋服だったんだけどね、顔をあげるとうちのお客様だったの。それはどういう事かっていうと自分の洋服にちゃんとアイデンティティがあるって事なのね。全体的なスタイルもそうだけど、ポケットのカタチとか、フロントのカットとかね。お客様が作りたいとおっしゃった服を作った中でも、自分の店のアイデンティティはちゃんとでている。嬉しかったですね。

もう1つこれに似たような事あるのだけど、これまた電車の中だったんですが、同じ車両でかなり向こうに座っている紳士が下向いて本を読んでいたの。実に良い洋服着ているんだよ、で、「いいな〜俺もああいう洋服つくりたいなー」って、しばらく眺めていて、ふっとその人が顔をあげたらうちのお客様だったの。これもかなり自信がつきましたね。自分で作りたい洋服ができているって事ですからね。

この2つのエピソードっていうのは、自分の人生の大きな喜びなんですよね。自分の作った洋服にアイデンティティがあるっていうのと、自分が作りたいなって思う洋服が出来始めているっていうね。作り手として凄く嬉しい事ですよ。

注文服ができるまでの工程はこちらからご覧になれます。

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モノづくりをしている沢山の若い人たちに何かメッセージをいただければ。

やっぱり「軸」ではないですかね。自分が何をしたいんだっていうのがブレてないようにする。まあ、若い頃っていうのは暗中模索でいろんな事に挑戦しないといけないと思うのだけど、ある点に到達したら、その軸ブレないようにね、それにいろんなモノを肉付けしていくのは良いけど、軸がブレたら、肉付けもへったくれもないわけだからね。

あとは、マスターベーションで終わらない事だね。自己満足で終わってしまったら誰も評価してくれないわけじゃない。死んでから大評価をうけるかもしれないけど、今の時代 ”武士は食わねど高楊枝”ってわけにはいかないんですよ。やっぱりモノづくりをする人は、他人から必要とされないといけないと思いますよ。

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今後の高橋さんの夢、目標など教えてください。

そうねえ。

洋服って買うもんだと思っている人が多いんだけど、洋服って買うもんじゃないんだよ、“誂(あつら)える物” なんだよね。そういう意味ではね、洋服って買うもんじゃないんだよ、誂(あつら)える物なんだよっていう、布教活動みたいなものができればいいなと思います。

で、「あそこにいけば何でも相談にのってくれる」っていう洋服屋になりたいですね。お客様に言われたものを作るだけではなくて、なんか相談にのって差し上げられる、そう、駆け込み寺のような洋服屋になれればなと思いますね。あそこに相談にいけばかっこ良くしてくれるよってね。そしてもっと日本人をオシャレにしたいよね。

そういえば、うちの息子は今ローマに服作りの修業にいっているんだけど、この間、おもしろい事言ってたんだよ。ローマも背広着ている人はかなり減っちゃったけど、その代わり、背広着ている人は、”いい背広” を着ているって。ほう、そうなんだと思ってね。

極論からいえば、僕は今後、日本人が背広を着なくなればいいと思うのね。みんなして背広着なくていいじゃんってね。そのかわり、せっかく背広着るんなら” 良い背広” を着ろよっていう時代がきてくれるといいね。そんな時に、背広ってそこらの店にパッといって298(ニーキュッパ)で買うものではなく、誂(あつら)える物なんだって、そんな風潮になればいいなと。和服と同じですよ。和服は100%オーダーでしょ。それは中古品であったりお下がりもあるけど、新しく手に入れるには、1から作るわけだから。だからせっかく着るなら、本当に背広を着ることに喜びを抱いていただけるような、そんな世の中にしたいなと、本気で思いますよ。

何回もいうようだけど、洋服って買うもんじゃないよ、“誂(あつら)える” 物なんだよって、世の中の人に徹底できればいいなって思います。それが僕の夢であり目標かもしれないな。

高橋洋服店HP:http://www.ginza-takahashi.co.jp/(This website is powered by HABITUS
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2010年09月01日

ウラハラ☆香り研究所/新教授!布施和美教授

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香り、って素敵。
この、香りはなんだろう。

爽やかな香り。夏の終わりの香り。

アロマインストラクターの布施和美さんが、ウラハラ藝大教授に就任です!
アロマと手作りコスメを多くの方に広めたい、布施教授に就任記念インタビューです。

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アロマインストラクターになろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

きっかけは、たまたま興味があって、あるアロマの教室にいったんです。そこでバスボムという入浴剤(発砲する入浴剤)をはじめて作ったんですけど、普段お店で買っているものを手作りできるっていうのにとても感動して、そこからどんどんのめり込んでいったんです。

最初はただ自分の趣味として、生活に取り入れようと思って習っていたんですけど、回数を重ね勉強していくうちに自分でもある程度つくれるようになったんです。そこで、この先どうしようかなと思い、私自身がはじめて作ったときの感動っていうのを他の人にも知ってもらえたらなと思い、教える側になろうと決めました。

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「香り」を作っていて、楽しいことはなんでしょう?

2つあるんです。1つは、クラスをやる時には、毎回レシピを考えているんですが、そのレシピを作っているときが楽しいですね。何回も何回も作りなおすんですけどね、それがまた楽しい。

2つめは、生徒さんが『本当に自分でつくれるんだ!』っていって、喜んでもらっているときですね。本当に良かったなと思います。自分が感動した気持ちっていうのを一緒に共有できるっていいもんですよ。

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ウラハラ藝大ではどんな事を発信していきたいですか?

そうですね。もっともっと多くの方に、手作りコスメの良さと、アロマの良さを分かっていただけるよう、いろんな試みを発信していきたいですね。私のやっているような教室自体は周りにいろいろあるとは思うんですけど、認知度がまだまだ低いような気がするので、ここからしっかり発信して広げていきたいなと思ってます。

あと、香りのレシピ集みたいな、本が出版できたら嬉しいです。私にとって大きな目標ですが(笑)

それと、ウラハラ藝大教授には、三重県の熊野福島県にも教授がおられますが、そのような大自然の中から葉っぱなどを採取しに行き、精油からつくるっていうのも挑戦してみたい気もしますね。

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布施さんってやはり香りに対してかなり敏感ですか?

はい、敏感です。すごい感じるんです。結構、臭いのとかも 『あっ嫌いじゃない』って思うときもあるし、そうですね、好きな香りは幅広いですね。だからこういう香りのお仕事ができているのかと思います。

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ウラハラ藝大で、興味のある教授やクラスってありますか?

おいしい書道』ですね。私も書道をやっているっていうものあるんですが、はじめてウラハラ藝大のHPを見た時に、最初に目についたのは、おいしい書道でした。食べて感じて、それを文字に表現するっていうのはすごくいいなと思います。是非、今度、日置教授と一緒に香りを感じで、文字に表現するっていうのをやってみたいです。

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※グロスの中にも香り入れるようですね。

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※肌につけるパウダーにも。

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「香り」って私たちの生活にとってどんな存在なんでしょう?

とても大事なものだと思います。香りによって、食欲や睡眠欲などもわくし、いい香りをつけると気持ちがワクワクしたり、おしゃれしているんだなって気持ちになれますしね。

ダイエット中で食欲をおさえるなら、グレープフルーツの香りがいいし、眠気を誘うならラベンダーがいいとか、いろいろな事に効く香りがそれぞれあるんですよ。

最後にウラハラ藝大という存在はどんな「香り」ですか?

そうですね。ウッド系の香りですかね。なんか手作り感っていうか、生きているなっていうね、ある意味生命力のある「香り」がします。
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