2009年07月27日

NOJIMOKU熊野物語〜序章

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野地木材工業株式会社、会社の中心角、野地三兄弟。
ここ熊野で、木材業界のリーディングカンパニーを目指している気鋭の会社だ。

一番左の男性(常務)とは、1ヶ月半ぶりの再会である。

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そう、カラフルチルドレンで、熊野の森を一緒に作ったあの時に来藝していた、野地常務。今度は僕がここ三重県熊野へやってきた。

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カラフルチルドレンで描いたあの、熊野は実際に自然溢れる、のどかで、美しい土地だ。

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獅子岩。
その形をみて分かるように、獅子の顔がみてとれる岩。
そのたたずまいは、立派だ。

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七里御浜。
その名の通り七里もつづく長い浜。
ここも熊野古道の1つであるらしい。波が荒いため、昔の人はここを歩いて移動するもその高い波によくさらわれていたようだ。

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丸山千枚田。
高低差約100mの中に1300ともいわれる水田が並ぶ日本最大規模の棚田だ。

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そしていくつかある『熊野古道』の山道を1つを歩いた。

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夏のぎらぎらした太陽の光も、ここではとても落ち着いた光となって道を照らしていた。水水しい木々たち。熊野一帯(紀伊半島)は日本でも一番降水量が多いといわれている地帯である。その雨の恵みのおかげでここでは、丈夫な木材がとれる。その昔、熊野材は江戸の街をつくる時にも使われたようで、関東大震災でもその丈夫な熊野材の強度から、倒壊を免れた家屋も多いようだ。

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そんな熊野材。
野地木材工業さんの工場にもお邪魔した。

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黙々と作業にとりくむ、従業員の皆さん。
さすが手際よく作業を進めていく。

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野地木材については、野地木材の全てがわかる、『NOJIMOKU辞典』をみてみよう。

2日間にわたる盛りだくさんの熊野視察。
伝えきれないことも多いが、帰京の前に、船にのり沖にでた。

風を感じ、波を体感し、太平洋の海をお腹いっぱい満喫した。

海と山。熊野の空気は格別だった。

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これは、花の窟神社

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野地三兄弟の末っ子三男が見つめる岩の下には、石にかかれた絵馬があった。

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『熊野市が有名になりますように』

こんな地元の方の願いに、どう野地木材工業がこれから展開していくのか楽しみである。そしてウラハラ藝大とどうタッグをくんでいくのか、今回の熊野への旅はこれからはじまる物語の序章にすぎない。

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2009年07月20日

武井れい ”短歌の会”を発足

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現代短歌家・武井れい教授、教室名を『短歌の会』と改名し再出発である。

今回集まった参加者さんへのお題は、夏らしく『風鈴』。
短歌初挑戦のみなさんの作品はいかに。

では、みてみましょう。

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まずは、風鈴の音を味わうところから。

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音に耳を傾け、風鈴のイメージをわかせます。

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どんなシーンがうかぶのでしょう。

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そして机に向かうと、ここからは無言の時間。
個々の世界へと入ってゆきます。

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一言、一言をじっくり吟味。
ゆっくりとした時間がながれます。

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書き終わりましたでしょうか。
それでは、よんでいただきましょう.

みなさんの初短歌をご披露です。

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いかがでしょう。

そして最後に、武井れい教授。

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武井れい『短歌の会』、お申し込みはこちらから。
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http://urahara-rei.sblo.jp/

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2009年07月13日

Takudai Rugger Mode - Brotherhood

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Brotherhood.
今年のスローガンだ。

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遠藤監督率いる、拓大ラガーマンが来藝。

試合中は、迫力ある遠藤監督だが、スタジオの光のなかでは、包容力ある優しさが湧き出てくるようだ。

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キレのある選手が多い印象の拓殖大学ラガーマンだが、春にはあらたにメンバーが入り、ますます今年も拓大ラガーモードは好調の兆しだ。

今回のラガーモードは、後藤みほこ教授の前面スワロPCや、キラ☆ふわの片山教授に感化され、キラキラ系。

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今年も秋の大会が、9月19日(土)より始まる。
拓大ラガーマンの活躍に期待したい!

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試合日程は以下、

09 19 SAT 16:00 対 法政大学   上柚木競技場
10 03 SAT 14:00 対 東海大学   熊谷ラグビー場
10 18 SUN 14:00 対 関東学院大学 関東学院大学釜利谷グラウンド
10 25 SUN 14:00 対 日本大学   熊谷ラグビー場
11 08 SUN 14:00 対 中央大学   熊谷ラグビー場
11 22 SUN 12:00 対 大東文化大学 秩父宮ラグビー場
11 29 SUN 12:00 対 流通経済大学 水戸市営競技場

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上昇目指して突き進め!!

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2009年07月06日

新企画!原宿竹下通人★通信・ ロリータファッションを愛する紫衍さん

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原宿駅、表参道改札横、神宮橋ではじめて出会った時、紫衍(しづき)さんは赤のバラにつつまれたファッションをしていた。今回は、かわいらしい爽やかなピンクと白。今日着るのが2回目だという。そんなピンクと白な、紫衍さんをウラハラ藝大のアトリエにお迎えしました。

晴れやかな印象。ピースフルな世界感。
ピンク色に包まれた彼女は、なんともいえない落ち着きが満ちあふれていた。

だから僕の方は少し緊張気味。

紫衍さんが、ロリータファッションを着て原宿に来るようになったのは、今から3年前の高校始めのころだという。天気のいい日、自分の気持ちが良いとき、ここ原宿までやってきて、散歩やお買い物、そして同じくロリータファッションを愛する仲間たちと時間をすごすのだ。

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質問してみた。
原宿って、紫衍さんにとってどんなところですか?

すがらせてくれるところかな。楽な場所ですね。

と紫衍さん。

本当はこういうカワイイ服をいつでも着ていたいらしいが、原宿ではなく地元や学校ではなかなか着れないらしい。紫衍さんは他人の事は気にしないタイプのようだが、それでも心ない人に、たまに指をさされたりするとさすがにどこかしら傷つくという。

原宿に来ると”楽”、それは、ロリータファッションの人もいるし、ゴシックさん、パンクさんもいるので、そういう人たちをみていても、楽しくなるようだ。

普段着(ジーパンのような一般服)と、このロリータファションをしている時の自分のモチベーションも相当違うようだ。このようなかわいらしいひらひらのロリータファッションを着ると、言葉使いや態度が上品になり、そしてプライドも違ってくるという。

自分自身にイメージづけというのがあるようだ。
これをきている時は、お人形ではなく、お姫様なイメージがあるので、そういう態度になるようだ。普段こういう服を着ていない時とは、雲泥の差のようだ。


紫衍さんはいう、

女性で普段はストレートだけと、たまに髪巻いた時は『きゃる〜んっ』って感じになる、そんな感じではないですかね。

なるほどね。

僕でもそうかもしれない。
今はなんとなく髪長くしているけど、たまに僕は坊主あたまにする事がある。
なぜか?
機動力を増したいときにそうする。

坊主にすると確かに、身軽に慣れる気がするからだ。

考え方はおんなじかな。

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紫衍さんは普段、原宿に来ると、竹下通りをくだり、途中で裏道はいって、ラフォーレをまわって、表参道の道をあがって、神宮橋に向かうようだ。それが紫衍さんのお散歩コース。かわいいお店をみてまわる。

夏の日差しに、日傘をさして、優雅に歩く。そんなイメージを勝手にしてみた。

ちなみに、裏原宿側にはほとんどこないという。
ウラハラのイメージを聞くと、

おしゃれ。
おしゃれ好きが集まるところ。

のようだ。

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紫衍さんはいう。
自分自身の世界を持った人は素敵だと。

紫衍さんは、ファッションという形で自分自身を楽しんでいる。

服でいうと、ビジネスマンがスーツを着て、ビシッとするように、何を着飾って、どんな自分を演出していくか、そう!そのモードになっていくかって事が大事なんだなって考えさせられますね。青木涼子元教授のように。檜垣健一元教授のように。前原絵里子元教授のように。現教授では、日置恵教授のように。

これぞセルフプロデュースですね。

ゲスト教授の原田伸郎さんもいってられたな。

『個人がそれぞれ個性をもって、それぞれ違った光り方をしていく、それが一番いいのかもね。組織の中でね、結構同じ色に染まらないといかんのかなあっていうの思ってしまうかもしれないけど、そうではなくて、それぞれがいろんな色になってこの中(組織)に入っている。24色のクレヨンの様に。それだとね、そのクレヨン1式をみてても楽しいし、ワクワクするし、刺激にもなるよね。』

紫衍さんとの出会いに、なりたい自分になるための第一歩の方法を教えてもらった気がします。

ファッションは偉大だ。

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後藤みほこ教授、伝えるってことは。

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後藤みほこ教授
現在、フリーアナウンサーとして活躍する傍ら、第二のふるさとである、青森の良いところをアピールすたため、先月『株式会社あおもり』をたちあげ、東京、青森を飛び回る日々が続いている。

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そんな後藤教授が、青森にいくきっかけになったのが、就職だった。TV局のアナウンサーとして採用され、青森に移住。一度青森で仕事、生活をし始めるとどんどん青森の魅力にとりつかれたようだ。

後藤教授はこんな事をいっていた。
自分がなぜアナウンサー”人に伝える”仕事をやっているのか。

☆★☆★☆★

それは、年1回の青森県民駅伝の実況生放送でのこと。
アナウンサーとしてまだ駆け出しの後藤みほこさんは、1つの中継地点で選手が通過する度にその選手の、生い立ちや、今の経歴などを紹介する予定だった。

その区間を走る67人のランナー達のそれぞれの想い。

しかし、後藤さんの中継所に来る前に技術トラブルがあり、スタンバイしていた後藤さんの耳(音声インカム)に、スタジオのアナウンサーの

「只今、放送映像が届いておりません」

という声だけが届き、後藤さんは呼びかけられることもなくランナーだけが通りすぎて行った。

この中継の為、後藤さんは数週間まえから、選手の情報をあつめ、整理し、何をつたえてあげればいいのか、必死で用意していたようだ。

限られた時間の中で、多くの取材の中から、その時後藤さんが伝えたかったのは一人の女子学生のことだった。もともと実力のあるランナーだった彼女は、病気で数年走ることができず、もう駅伝出場もあきらめかけていた…

大会前、彼女はそんな話を後藤さんにしてくれたそうだ。

でも、自分の町のために、そして応援してくれた人のために、もう一度頑張って走ってみよう!そんな、再チャレンジだったのだ。

2番手でタスキをうけて走りだした彼女は、数人に抜かれてしまいましたが、しっかりと次の人へタスキをつないだ。

走り終えた彼女は泣いていた…と、次の中継所で待っていた担当のアナウンサーが後藤さんに教えてくれた。

その涙は、順位を落としてしまったくやし涙だったのか、それとも、もう一度走り切れたうれし涙だったのか…

彼女は、どんな思いでこの数キロを走りぬいたのか…

そんなことを考えたら、後藤さんも自然に涙があふれていた。
それは、彼女の想いや走りを一言も伝えることができなかった悔しさから。

その時、明確に気づいたこと。。。
それが、後藤さんの役割・使命だった。

『放送を通じて誰かの役に立てたり、誰かのことを応援したりすること。
だから、私は”伝える”んです。』 

そう後藤さんはいいます。
そして、今現在、放送の枠をこえて「良質な情報を伝える」人でありたいと。

☆★☆★☆★

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後藤教授は、東京下町の押上出身である。
そう、根っからの江戸っ子なのだ。

今、スカイツリーが建設中の話題の押上。

後藤教授はいう。
青森も、押上もなにか雰囲気が同じ感じだと。

じっくり、のんびりって事なのか。
スカイツリーにしても、周りは騒ぐが、地元はふつう。
2011年に完成したら、この押上の町並みが確実にかわるだろう。

でも後藤さん自身、またご近所さんも何がどう変わるのか全く予想がつかないようだ。

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ここ押上も、そして第二のふるさと青森も、後藤さんにとっては大事な場所。
この二つの土地のいいところ、土地の財産である地元の人たちをこれからどう、伝えていくのか楽しみである。

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カフェで広げた後藤教授のパソコンは、前面スワロフスキーだった。
モチベーションあげていかないとね!とはりきる後藤教授の表情は清々しかった。

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